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アンカー 1
Cacti
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2025年12月1日(月)~12月10日(水)

師走の助走が始まった。

秋が短かったせいもあるが、自然を愛でて、心を遊ばせてやることをしていない気がする。そのせいかこのところ人工的な集まりが目立ち始めた。せっかく用意したウェアの出番が少なかった季節のせいかもしれない。纏うが似合う季節が始まった。焦らず、ウォーミングアップの時間と捉えたい。

>> PM 6 : 00    ヴァンケットルーム <<

役目を意識すると、納得が生まれる。

❝パーティーへのお誘いが増えてきた。このところインサイトトーク( その潜在意識としては何なのよ?を込めた私の心の内ですが・・)に意識が向いているせいか、ちょっとした会話にも、そこに気持ちが動いてしまう。モデルをやりながら遊びでフラメンコを習っているあの方も、その会場にいた。「ヨオッ!」「アラッ!」って感じの合図を送った。「頼まれて顔を出したけど、あまりネ・・」という視線も添えられていた。「後で、時間をくれないかナ・・」とも語ってきた。「こちらも義理でネ・・」のサインの後は、与えられた役目を演んじている横顔に戻っていた。❞

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2025年12月11日(木)~12月20日(土)

仙骨をたてる。 コツかもしれません。

ちょっと厚めのコートでも恥ずかしくない季節がやってきた。その下はできる限りシンプルにまとめたい。落ち気味になる肩を上げ、重心を腰に集めたい。街角で美しいコート姿の女性に会うと、決まって足元はハイヒールなのは、なぜだろうか。

>> PM9 : 00    バー <<

所作はすべての出口と思う。

❝ちょっと昔、いい大人になったなと思っていた後輩が、お店の女性の髪に無遠慮に触ったことがある。その途端、コイツもまだまだだナーと、そんなお店に一緒することをやめた。特に和装で構えていらっしゃるところでは、なおさらと思う。同じように、こちらの眼前で手を動かされるお方が苦手である。あちら様は親しみを込めた何気ない所作としてやっておられることは、分かってはいるが、どうも納得がいかない。眼球に何かが近づくことを嫌がっている節がある。「それ、嘘でしょ?サングラスの奥、見せてヨ」と手が伸びてきた。これには拒否反応はしなかった。その手の持ち主を受け入れているからに違いない。❞

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2025年12月21日(日)~12月31日(水)

視界が広がると、錯覚も楽しめる。

古代ローマ時代から言われていたらしいが「演劇は心の開放」と。観客は物語に没頭することで、感情のストレッチになるとAIも答えてくれる。体を開いて広げることが、心を開くことにも連動していると言っている。俯瞰した自分でありたいと思う。

>> PM 8 : 00     パーティー会場 <<

遊びゴコロも、遊んでくれる人があってこそ。

❝役目という言葉に、このところ、はまっている。他の人に対してもイライラすることが抑えられるようになった。この関係においての自分の役目は何だ?とか、この場での自分に求められているものは?とかを考えると、全体を客観的に見ることが出来るせいと思うが、感情にまかせた動きをしなくなるようだ。「今日のパーティーでは、俺はどんな役をやる?」「○○な役はどう?それとも△△なのが好み?」と会話が進む。それが出来るのは何度もそのゲームを楽しんんでいる間柄だからこその余技みたいなものだと思う。少し、非日常のヒトになる。ピンと張ったゴムになると、自分の振り幅も見えてくる。❞

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2025年12月のとあるある日

12月の微熱のある風景 【 流す 】

能動的なものなのか、受動的なものの末なのか定かに見極めることが出来ないのが「流す」という行為。だから首謀者が、この手を使うのは常套手段とも言える。

>> 12月のとあるある日 <<

【流す】液体の移動を起こさせる。ものを移し動かす。

❝ある雨の夜、ロビーの正面に張られた大きなガラス窓。横風があるのだろうか水滴が不規則な流れ方をしている。その外にある樹木を見ているのか、それともその雨の雫か。視線を止め視つめられている先には、それらのものではなく、流れていたのは、その方の心の中だと察した。

男の流すは、物理的に行動を起こすために目立ちすぎ、中途半端になる場合が多い。

女の流すは、心理的にコトを運ぶために、目で捉えることができず、いつの間にか目的に達してしまう。❞

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